2008-07-14

お産の家・吉村正先生の講演会

★昨日、日本CI協会主催の講演会(とき:7月13日11時開演、場所:両国・江戸東京博物館ホール)に行ってきました。

講演会内容
マクロビオティック医学研究会 第19回シンポジウム:テーマ「心と身体と健康とは!」
基調講演:吉村医院・お産の家 院長 吉村正先生
『幸せなお産』が日本を変える!!
その後のシンポジウム発言者は次の通りです。敬称略。

  • 細川順讃(総合司会 医療コンサルタント)
  • 大国義弘(介護老人保健施設たいよう施設長)
  • 志水裕介(志水ナチュラルクリニック院長)
  • 橋本ちあき(「自然に産み自然に育てる」著者)
  • 落合正浩(タカオカクリニック院長)
  • 石井仁平(信濃町外苑クリニック院長)
  • 斎藤純子(助産院バースハーモニー代表)
  • 飯田美和子(歯科医)

★吉村正先生基調講演から

明治以降、工業化社会の発達に伴い、生活のあり方があまりにも自然天然からかけ離れたものとなっている。体を動かさない、甘い物、洋食をぱくぱく食べる、神への感謝がない、、、、これではいいお産はできない。

「お産の家」(吉村医院)では妊婦さんが薪割り、農作業、毎日3~4時間散歩、食事も穀物、野菜中心の近代化以前の生活をしながら出産に備えている。結構な重労働なのだが、早産もなく、命がけで赤ちゃんを産もうという強い意志のあるお母さんは実際には「命がけ」のような場合も少なく、つるつるっと安産の人が大部分。

現代ではお産が医者の都合で(また多くは母親の要請であることもままある)自然のリズムによる母と子の崇高な共同作業となりえず、多くの監視装置と陣痛促進剤によりコントロールされている。そのために起きる異常分娩も多い。普通の産科では安易な帝王切開が20%~30%。お産が、まったくの金儲け、安易な外科医療の対象になってしまっている。

これではいけない。農を中心とした自然な暮らしの中で本来のお産を取り戻す必要がある。

…などと私が要約すると味もそっけもなく、知識としては、ありふれたものになってしまいます。実際にはもっと過激な表現で現代の産科医療や生活・社会のあり方を殴り倒す勢いの大迫力。

単なる知識レベルのお話ではなく、母と子のリズムにあわせる自然出産のため慢性的な睡眠不足や心労は大変なものであるとお察ししました。50年の経験に裏付けられた深い見識、煮えたぎる情熱、まさに命懸けの仕事がにじみ出ています。

女は偉い、生命を産み育てる、男はそれを守る性でしかない。「女が命懸けで産み育てているのだ。男は刀をさして(これまた)命懸けでまもらなきゃいかん」とも。「お産の家」で研修中の9人の助産師さんへの敬意と感謝も忘れずにことあるごとに、おっしゃっています。

しかし、後半には多くの方の退席が目立ちました。過激すぎて誤解があったのでしょうか、、、、

「帝王切開するようなのは江戸時代では死んでしまっている。本来は生めないのだ、、、、」といった発言が誤解を与えたのでしょうか。

先生は、まず、お産(自然出産)を医療の対象ではなく、崇高なもっとも根本的な人間の営みであると捉えています。お産が出来ない場合は、やむをえず、外科医療へ、、、、しかし、それは本来の出産ではない、という明確な立場であるので誤解を与えるのでしょう。しかし、自然出産以外で産み育てられた生命を否定しているわけではないのです。それには触れない。「それは私の範疇ではない」といわんばかりに一所懸命なのだ、と私は見ました。

吉村先生がもし単純な優生思想的な方ならば妊娠4ヶ月で無脳児を身ごもっていることが判明したお母さんの受け入れを拒むでしょうか。このお母さんは、医療機関ではことごとく入院を断られたそうです。しかし、「お産の家」では普通にお腹の中であかちゃんを育てることができ、産みました。赤ちゃんはお母さんのほおずりや上の子の愛情を注がれて、10時間後に亡くなるまで生きました。なんと密度の濃い10時間であったことか。お産や生命のあり様の本質が感じられるお話。私は、不覚にも涙をこらえることが出来ませんでした。

シンポジウムではお産から生命観や暮らし・社会・教育の有り様、、、、、とテーマが広がりました。

発言者の先生方、吉村先生は今後、理想のムラ作りを約束して閉会となりました。

★吉村正先生の最新刊は「幸せなお産」が日本を変える(講談社+α文庫)。会場で買いました。

★私個人は自然出産(水中出産。超安産)で2人の子どもを助産師さんと共に取り上げました。

★いろいろな事情で自然出産ではなく、帝王切開や一般病院での出産の方が実際には多いわけです。私自身も普通の地方の市立病院で一般的な分娩で産まれました。しかし、自然なお産を標準とする世の中になるということは、単にお産だけでなく衣食住、教育、社会の有り様すべてを見直す契機になります。本質的に、自然食というライフスタイルは、自然なお産と表裏一体であることをつくづく感じた次第です。

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